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今日はシグマの真鍋社長のご命日です


 今日はシグマの真鍋社長のご命日です。
 亡くなられてから、今年で13年になりました。
 例年、シグマのOB・OGが集まって、みんなでお墓参りに伺っているのですが、今年はこのような状況のため、先日、一人で行って参りました。

 真鍋社長が今のゲーム業界の状況をご覧になられたら、なんとおっしゃるでしょうか。
 改正風営法の施行、バブル崩壊、阪神淡路大震災、リーマンショック、東日本大震災と、数々の逆風にも何とか耐えてきた私たちですが、今回のコロナ禍は今までとはまったく違います。
 
 今、こういう時にこそと思って、真鍋社長のご著書を改めて読み返しているところです。
 昨年、メダル研究会の資料として、『これからますます四次元ゲーム業界が面白い』から、メダル運営に参考になりそうな部分を抜粋してメンバーにお配りしました。
 シェアさせていただきますので、どうかご参考になさって下さい。

 真鍋社長の大好きだったお言葉は、Never Give Up! です。
 ゲーム業界の皆さん、頑張りましょう!!


『これからますます四次元ゲーム産業が面白い!』
株式会社シグマ 代表取締役社長 真鍋勝紀 著
(1998年10月12日発行)


これからますます四次元ゲーム産業が面白いー表紙



ダイジェスト

P.2
私は、趣味らしい趣味もない不器用な男で、一瞬のひらめきで物事を理解したり、アイデアが湧いてくるタイプでもない。ひとつの好きなことを選び、その道を信じて努力し続けていると何とか人に勝てる、という信念を実践に移してきただけである。

P.34
「故障中」という札が嫌い。機械が故障するのは日頃のメンテナンスがなってないから。お客様の前で故障を修理するのはサービス業として失格。

P.38
1983年10月。カジノ用ゲーミングマシンの製造者としてのライセンス取得。ネバダ州が海外企業にライセンスを与えた最初。

P.39
コンシューマーゲームと業務用のゲーム機が提供する価値はまったく別のもの。また、その違いにこそ、私たちゲーム屋が活躍する意味が存在する。

P.41
コンシューマーゲームと業務用ゲーム機の違い
(コンシューマーゲームは)自宅にゲームはあるが、ゆったりとゲームに浸って流れる「時間」はない。街にあるゲーム場の価値は、たた単にモニターが大型で新しい種類のゲームが揃っているだけではない。それらが形成する非日常的な空間を、いかに快適なものにし、時間の経過をいかに楽しんでもらえるかが、ゲーム場のオペレーターの腕であり、使命である。
私たちの産業はサービス業の一つである。きれいな施設を作り、最新の機械ゲームを導入しようとも、それだけでは快適な時間の経過を提供することは難しい。そこに必要となってくるのは、人によるサービスである。機械と人とを媒介するのは人であり、快適な時間の流れを演出するのも、より多く人にかかっている。
快適環境を作り出し、より新鮮な面白いゲーム機を設置する、いわば三次元ゲームの段階を越えて、さらに充実した非日常の“時間”を提供するという意味で、私は自分が生涯をかけているビジネスを「四次元ゲーム産業」と呼んでいるのである。

P.44
株式会社シグマの理念

株式会社シグマの基本は人間を科学することに依り始まる。
我々は、科学技術と人文科学の接点である機械ゲームの開拓を目指す。
我々は機械ゲームの提示を通じて、現代に失われつつある人間性の回復に貢献する。

社是の類としては、ずいぶん抽象的な理想論のように受け取られるかもしれないが、機械ゲームを扱うには、このような基本路線に立って進んで行かないと、先の長いビジネスはできないと信じている。
目先のことだけを考えて、儲かった損したと一喜一憂していると、そのうちに息切れしてしまうだろう。

P.55
メダルゲームという摩訶不思議なシステム
私とシグマが機械ゲームの業界で多少は知られるようになったのは、メダルゲームというシステムを考え出し、実験を経て、そのシステムをメインにしたゲーム場をオープンしてからである。

P.58
メダルゲームというのは、ギャンブルマシンを日本で使えるようにするためだけのシステムではなく、機械ゲームの将来を拓くシステムとして考案したのである。それはまた増大し、行き場を失いつつある現代の、とりわけ大都市のレジャーニーズに対応する最も効果的なシステムであるという信念からであった。

P.67
おんだらいよもんじゃけん おんだらいよもんじゃけん
いなかのすねぐろよ いなかのすねぐろよ
なんぼすねぐろじも なんぼすねぐろじも
ゲームやどうしじゃもん ゲームやどうしじゃもん
きよったらよっちゃんないや きよったらよっちゃんないや
いもぐらいはあるじゃがけん いもぐらいはあるじゃがけん

俺たちは伊予者だから、田舎の脛黒(脛まで黒くして働いている貧しい百姓)だよ。
そんな貧乏な百姓でも【ゲーム屋どうしだから】こっちへ来る機会があったら、俺の家にも寄って下さい。
畑で丹精込めて育てた芋ぐらいはふかして待っていますから。

P.98
機械ゲームの3段階
①ワイルド・ゲーム     ギャンブルマシン
②セミ・ワイルド・ゲーム  パチンコ、クレーンゲーム
③シビライズド・ゲーム   アミューズメント純粋ゲーム

P.100
商業賭博のパラドックス
商業賭博は、結果的には胴元が勝ち、子、すなわちプレーヤーが負けることを基本としている。ところが誰もが勝つことを確信している。ここに誤解がある。

P.101
もちろんカジノで“勝つ”人もいる。それは穴の後には穴が出やすいという確率論のポアソン分布などによって、一時的に、あるいは部分的に勝つ人が存在しているだけなのだ。すべてのギャンブルにおいて、プレーヤーは徐々に、そして確実に負けていくのである。

P.102
魅力的な野獣を都市で楽しむ
日本では、ギャンブルマシンをギャンブルとして使うのは違法である。その野獣のようなゲームを日本で楽しむ方法はないだろうか。野獣を檻に入れて、牙も爪も人間に触れないように管理する。それでもなお野獣は、都市という過密空間のなかで十分に魅力を発揮するのではないか。檻のなかの野獣でも、その楽しさを味わうことができるはずである。
「野獣である機械ゲームの動物園を作れないか」
そう考えた時、通貨であるコインではなく、メダルを使用し、獲得したメダルは一切換金や換物をせず、すべて店に返してもらうというシステムが頭に浮かんだ。

P.125
機械ゲーム場でも、訪れたお客様にマイナスイメージを与えてしまうのは、機械そのものよりも人的な要素、つまりスタッフの応対である場合が多い。常に新鮮で魅力的なゲームを提供するとともに、人的なサービスを徹底して行うことが、私たちシグマの基本姿勢となっている所以である。

P.138
農耕民族型ビジネスと狩猟民族型ビジネス
私は、ビジネスには農耕民族型と狩猟民族型との二つの種類があると思っている。
私が選んだオペレーターのビジネスは、明らかに農耕民族型である。
それを選択したのは、資金力がなかった、知識もなかった、そして獲るか獲り損なうかで大差が生じる、狩猟のリスクの大きさに耐えるだけの資金力も体力もなかった。
もともと私は農耕民族型的な性格でもあり、同じ種子を蒔いて育てていくなら、大事に丹念に手をかけることによって、同じ天候の条件下でも、人より多くの収穫を得ることができるに違いないと考えたからである。他の農夫が三日に一度しか手入れしないなら、毎日手入れをする。鳥や小動物に荒らされない手立てを考え出す。より収穫の良い種子を探す。その努力は必ず収穫の差となって戻ってくるはずである。

P.141
機械ゲームを並べただけのゲーム場は、私の理論で言えば、三次元のレジャー空間に過ぎない。その空間での事件の経過に価値があり、それを楽しんでもらえる条件を欠いているからである。
機械ゲーム産業はサービス業である。自動販売機で“物”を買う人たちは、ただ、手軽さ、便利さを求めて機械にコインを投入する。機械ゲームが販売するのは“物”ではない。そして機械ゲームの置かれる空間は、人が機械と人とのコーディネーターの役を果たさなければ、四次元のレジャー空間には決してならないのである。

P.145
お客は汚すもの、汚れた施設はどんどん汚れる
私は、お客様は施設を汚すものである、と考えていた。お金を払ってきて下さるお客様に、マナー向上のための説教など、お金をいただく施設側ができるわけがない。そして汚れた施設はどんどん汚されるというのも、人間の心理を考えれば当然である。
レジャー施設を汚すのは、普段は良識ある社会人である。とすれば、いつもきれいに清潔にしておけば、なかなか汚されない。汚されたら、すぐにきれいにすればよい。私たちが営業している施設では、それが当初から鉄則となっていた。

P.203
欧米先進諸国に比べて部分的には遅れている日本でも、モノ離れは確実に進んでいる
物は我々の現実生活を満たすための三次元的な価値観に裏付けられている。かつて非生産的な時間を享受してきた特権的な階級は、芸術やスポーツに代表されるような、素養と長時間に及ぶ鍛錬を必要とする分野で、これを消費してきた。
非生産的な時間が大衆化され、圧倒的多数がこれを消費できるようになったいま、産業もモノ離れの潮流に対応して変貌せざるを得ないが、非生産的な時間を消費させる産業システムはいまだに未成熟である。そしてここに、私たちが推進する“快適空間を消費する四次元機械ゲーム”の世界の大きな需要が存在しているのである。

P.211
夢を実現するのが私のビジネス
シグマが追求する方向性は大きく二つに分かれている。ひとつは、世界中の人々がより快適な空間、より楽しい時間の経過を求める中で、海外ではカジノに供給するマシンを開発・製造することである。
現代のカジノは、もはや“鉄火場”のイメージのギャンブル場ではない。カジノを公認する国はますます増加するだろうし、ギャンブルであってもエンターテインメントの一部として存続し、必要不可欠なものになっていくだろう。それが世界の趨勢である。家族連れが楽しめる、カジノを含めた総合エンターテインメント施設に、今後もシグマが何を提供していけるかである。

P.212
もうひとつは、日本において、メダルゲームというシステムに乗せられる、より面白い機械ゲームを世界中から導入し、自社でも開発し、さらにそれらを楽しめる快適な環境を提供していくことである。
シグマの最大の目的は、快適空間の中で、お客様にストレスのない、より充実した楽しい時間を過ごしてもらうことにある。私たちは専業オペレーターとして出発したし、私たちの目的は、現在も将来も、最も進歩した四次元ゲーム空間を作り続けることにある。

P.215
現在の機械ゲーム産業にリスクがあるとしたら、まずあまりにも新製品の寿命が短くなっていることである。これは危険な兆候である。新しいゲーム開発の意欲をそぎ、メーカーもオペレーターも疲弊してしまうからだ。

P.217
機械ゲーム産業もそろそろ飽和点に達したと見られている。
あらゆる産業にとって、飽和点に達してからが本当の勝負である。新興の産業が拡大する勢いに押されているうちは、サービス業としての真の努力や価値がそれほど目立ってこないものである。飽和点に達してからは、それらの努力が勝負の分かれ道となってくる。

P.219
Never Give Up
これまで述べてきたように、四次元ゲーム産業は、「自分の時代」の流れのなかから、またハイテクノロジーという人類文明の進歩のなかから必然的に生まれてきたものである。その必要性が高まるのは、むしろこれからなのだ。
機械ゲームの祖は、世紀末に生まれ、あるいは大恐慌の時に誕生した。もともと乱世に強い、最も身近なレジャーとして受け入れられてきたものである。人間がいる限り機械ゲームのニーズはしぼむことは決してないし、機械ゲームは永遠に不滅である。なぜなら人がそれを求めるからである。

P.220
空に輝く虹をつかもう
私は最近よく、社内で「虹をつかもう」と話している。もし虹をつかめないとしたら、つかみに行く努力をしていないからである。踏むべきステップを着実に踏んで、前に立ちはだかる障害をひとつひとつ乗り越えていけば、虹は間違いなくつかめる。
私たちが歩んできた道の延長線上には、あらゆる意味でバランスがとれた成熟社会がある。その社会で、四次元ゲーム産業は更に花開くだろう。志を同じくする人たちと一緒に力を合わせて、この道を歩み続けたいと考えている。
時に、「座右の銘は何か」と問われることがある。とくに座右の銘といえるほどのものはないが、いまは次の言葉が気に入っている
「静かに行く者は健やかに行く。健やかに行く者は遠くまで行く」(経済学者ワルラス)

要約:株式会社フロック 高倉章子


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AMジャーナル9月号にシグマと真鍋社長の特集記事が掲載されました!


 今日発売のアミューズメントジャーナル9月号に、シグマと真鍋社長の特集が20ページにわたって掲載されました。
 当時のことを語れる人がいないとのことで、僭越ながら、元広報として、OB OGを代表して取材を受けさせていただきました。
 色々あって古い社史資料が散逸し、まとまった資料がない中、色々な方にご協力をお願いし、何とか記事にしていただくことができてほっとしました。
 取材を受けている途中では、真鍋社長の在りし日のお元気なお姿を思い出して涙が出たり、懐かしさに胸が震えることも度々でした。
 会社の業績が面白いように伸びて、ラスベガスにカジノホテルをオープンし、毎月のように新店のゲームセンターができて、社員みんなの夢だった株式公開を果たすことができたあの時代、広報という花形の場で思い切り仕事させていただいたことは、今も私の誇りです。

 社名がなくなって18年も経ってからも、日本のアミューズメント史に足跡を遺した会社として、こうして取り上げていただき、ありがたいことです。
 アミューズメントジャーナル編集部の皆様に、心から感謝致します。

アミューズメントジャーナル9月号のお申し込みはこちらから!
http://www.am-j.co.jp/

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別冊宝島『カジノと日本経済』が発刊されました!

 
 前回のブログでお伝えした通り、去る2月14日、宝島社より別冊本として『カジノと日本経済』が発刊されました。 
 本書は昨年末衆議院にてIR法案が可決されたことを受け、日本国内における各自治体や企業のカジノへの取り組みをレポートしたものであり、現在の各所の状況が非常に分かりやすくまとめられています

 この本の中で、「カジノの歴史-カジノ経営に挑んだ日本人」としてシグマの故真鍋社長に関する取材をお受けし、4ページに亘って掲載されました。
 真鍋社長のご偉業をこのような形でご紹介いただいたことはシグマOGとして何よりの誇りですし、私もシグマの広報時代から十数年ぶりに社長のお話をさせていただき、大変幸せな機会をいただいたことに感謝しております。
 最後にホンの数行ですが、私のコメントと顔写真も掲載していただいております。

 カジノ産業にご興味ある方には、一読の価値ありと思いますので、是非お近くの書店もしくはAmazonで!

ブログ用

ブログ用2


フロックは今日で8歳になりました!


 今日はフロックの8回目のお誕生日です。
 8年前の2009年1月30日に、正式に会社としてスタートしました。
 この日を選んだ理由は、尊敬する株式会社シグマの真鍋社長のお誕生日が1月31日で、本当は31日にしたかったのですが、この年は31日が土曜日で登記の手続きができなかったため、前日にしたのでした。
 色々あった8年間でしたが、振り返ってみれば感謝の気持ちしかありません。
 今日まで助けていただいたお客様、社員はじめ、関係の皆様に心から感謝申し上げます。

 さて、2月14日に宝島社から『カジノと日本経済』という本が出版されます。
 ご縁があって取材をお受けし、シグマの真鍋社長のことを取り上げていただくことになりました。
 当初は、「今から30年前に、ラスベガスでカジノ経営にチャレンジした日本人経営者がいた」といった主旨のご取材でしたが、カジノへのチャレンジのみならず、メダルゲーム誕生の歴史など、全体的に真鍋社長へ大変な敬意を持ってご紹介いただいたと思います。
 私も久しぶりに社長のお話をさせていただき、幸甚でした。
 もうAmazonで予約ができるようですので、是非ご予約購入の上、読んでみて下さい。

 https://www.amazon.co.jp/カジノと日本経済-別冊宝島/dp/4800268176

出雲の神様にご挨拶して参りました


 先週、用事があって山陰地方を回ってきました。
 せっかくなので、途中途中に要所を訪れてきました。
 中でも一番うれしかったのは、出雲大社を再訪できたことでした。
 
 前に伺ったのは、ナムコさんのプラボ宍道店のオープンにマーク6を納品した、20年ぐらい前のことでしょうか。
 お昼過ぎに出雲空港に到着して、出雲大社を訪れて、深夜から設置スタート。
 早朝5時頃に終わったのですが、電源を入れたら立ち上がらなくて、結局同行のサービスマンを一人残して、部品の手配をして帰りました。
 それまでほとんどの設置がうまくいっていたので、がっかりして、朝焼けの宍道湖を見ながらトボトボ帰ったことを思い出します。
 確かその時は宍道湖のシジミに病気が発生したとかで、シジミは食べられなかったと思います。

 前は神様のことも仏様のこともよく分からなくて、ただ参拝しただけでしたが、今回はしばらく境内に滞って、神様によくお礼とお願いをして参りました。
 ご朱印もばっちり2か所いただいてきました。

 懐かしい道を歩きながら、この20年を振り返りました。
 出雲の神様、これまでたくさんの方との素晴らしいご縁をありがとうございました。

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葉っぱちゃんのご冥福をお祈りします。

 今日は今までで一番悲しいクリスマスイブだったかも知れません。
 シグマ時代の後輩のお通夜に参列して来たのです。
 彼女が20歳で入社した日から、一緒に仕事して、遊んで、同じ時間を過ごして来ました。
 社内恋愛中の彼(現ご主人)が米国に転勤し遠距離恋愛をしていた時には、寂しがって泣いていた姿をどれほど見たことでしょう。
 晴れてラスベガスで結婚式を挙げて、可愛いお嬢さんに恵まれて、幸せな生活を送っているものだとばかり思っていました。
 ご本人もまだ若いですし、愛するご主人と高校生のお嬢さんを遺して逝くことは、どれほど心残りだったでしょう。
 明日が来ることは奇跡だと、改めて思い知らされることとなりました。
 葉っぱちゃん、その小さな身体でこれまでよく頑張りましたね。
 どうか安らかにお眠り下さい。
 とりあえず先に向こうで待ってて、そして、いつかまた天国のシグマで一緒に働きましょう(ノ_<)

懐かしい子に出会いました!

 つい先日、とある会合で鴨川スパ/ホテル三日月さんに行って来ました。
 そこでとても懐かしい子に出会いました。
 この子の正式名称は『NEW PENNY FALLS Ⅱ CANDY TYPE』と言います。
 お売りしたのはもう20年以上前だと思います。
 この筐体に使われている木材は、日本システムの村上社長が大森電機さんに勤められている時に販売されたものだと、最近お聞きしたばかりのところでした。
 シグマでは『THE DERBY MARK Ⅲ』と並ぶ大ヒットマシンでした。
 まだ現役で頑張っていてくれたんだねー、ありがとう(/ _ ; )
 鴨川スパ/ホテル三日月のゲームコーナーご担当者様、どうか末永く可愛がって下さいませ。そして、将来万が一処分されるようなことがある時は、必ずお迎えに行きますので是非ご一報下さいますよう、宜しくお願い申し上げます。

鴨川2

GFミラノ最終営業日に、シグマOB・OG会を開催します!

 2014年12月23日火曜日23時45分、GFミラノ店が閉店します。
 昭和46年12月のオープン以来、日本初の本格メダルゲーム場の1号店として、長きにわたり歴史を刻んできたミラノ店の終わりを見届ける会を、シグマOB・OGにより開催したいと思います。
 みんなで食事して、閉店までの時間を、懐かしい仲間と共に過ごしましょう。
 日時: 2014年12月23日火曜日18時30分〜
 会費: 5,000円程度
 場所: 新宿歌舞伎町 ※会場は決定次第参加者にお知らせします。
 途中参加もオッケーです!
 参加お申し込みの方は、高倉までご連絡下さい(株式会社フロック 03-5155-4565 info@fluke.jp)。

シグマOB・OG会を開催しました!

 9月26日金曜日にシグマOB・OG会を開催しました。
 とは言ってもそれほど公式なものではなく、販売を中心に言い出した会で、集まれる人はどうぞ、という感じで、FacebookのシグマOB・OGページで呼び掛けただけでしたが、口コミで輪が広がり、店舗、本社、成城、国立、甲府の各事業所のメンバー合わせて当日は20人超の大宴会になりました。
 中には20年ぶりぐらいに会う人もいて、懐かしさに涙が出ました。
 時間が一気に戻ったようで、やはり同じ釜の飯を食べ一緒に育った仲間というのは家族と同じなんだと実感しました。

 思い出を語り合う中で、みんなの口から出て来たのは、やはりシグマと真鍋社長に対する感謝の言葉ばかりでした。
 社長は「4つの分野で世界一になろう!」ということを社員に繰り返し語って下さいました。
 毎日毎週毎月毎年聞かされているうちに、社員もすっかりその気になり、「うちの会社はいつか世界一になる!」と、社員同士の間でも語られるようになりました。
 私の尊敬する朝倉千恵子さんがご紹介された言葉に「教育バカがいる会社は絶対につぶれない」というものがありますが、一人一人の社員に一生懸命向き合い、シグマイズムを植え付けて下さった教育担当の大久保さんの功績も大きかったと思います。
 社員は皆やる気にあふれ、会社はみるみる大きくなり、上場も果たすことができました。
 社員がなぜやる気になるのか、それは会社の成長を通じて自分も成長し、社長の夢の先に自分も夢を見たいからだと思います。
 15年に亘り広報という立場で社長の言葉を直にお聞きし、社員や対外的に伝える立場にあった私は本当に果報者だったと思います。
 
 社名は変わりましたが、今も会社に残ってシグマの歴史を重ねてくれている皆さんに外からエールを送りつつ、時には思い出に浸りながらシグマの名の下に集まれればと思います。
 次回はもっとちゃんと企画して、OB・OGの皆さんにきちんとご案内したいと思います。
 お集まりいただいた皆様、ありがとうございました!

月末の過ごし方

 今月も無事に月末を迎えることができました。 皆様、今月も大変お世話になりましてありがとうございました。

 ところで、今日会社で3時のお茶をいただきながら、月末ってこんなに余裕だったかしら?と思い返してみました。
 ずっとずっと昔ですが、シグマで営業をしていた時、私の担当先はセガさん、ナムコさん、ジャレコさんでした。
 ナムコさんは相殺で集金なし、セガさんは大鳥居の本社に13時以降、ジャレコさんは用賀の本社に15時以降集金に行くことになっていました。
 セガさんもジャレコさんもその時間に行くと既に集金の営業マンたちで行列ができていて、後ろに並んで経理の方から領収書と引き換えに小切手と手形をいただき、会社に帰って財務に小切手と手形を渡して業務終了です。
 その後に集金から戻ってくる営業マンみんなで、恵比寿の本社で毎月打ち上げをしたことも懐かしい思い出です。

 今はほとんどの会社様がお振り込みで、集金をすることも無くなりました。
 何千万円分もの小切手や手形を持って歩くことは確かに怖かったですが、自分が売った売掛金を回収まで責任を持つ意識は身についたと思います。
 銀行送金は確かに便利ですが、現金に触らない商売は、やはり当事者意識も希薄になるような気がしてなりません。

 そういえば、入社したころは、給与は振り込みでしたが、賞与の半額は全社員が社長から直接現金でいただくことになっていました。
 社長の温かい大きな手で握手していただき、「ありがとう」とおっしゃっていただいてうれしかったことを思い出しました。



『一流の人間は一流の経験で磨かれ作られる』

 先日お会いした方からお聞きした話です。
 もう何十年も前のこと、JAMMAの部会でシグマの真鍋社長と一緒にお仕事され、あるとき、真鍋社長がメンバーの皆さんをお食事にご招待されたそうです。
 そのお店が、普通のサラリーマンが到底行けるようなお店ではなく、真鍋社長のゲーム場運営やメダルにかける熱い思いを間近で聞かされたとともに、大変貴重な経験をされて、とても感激されたとのことでした。

 真鍋社長は「一流の人間は一流の経験で磨かれ作られる」というお考えで、「ゲーム場で働くスタッフが一流のサービスを受けた経験がなければ一流のサービスをお客様に提供できるはずがない」と、私たち社員に様々な経験をさせて下さいました。
 誕生日の食事会、一流ホテルや一流レストランでの創業記念日、永年勤続表彰のパーティーなどは、どの社員も一度は経験があったはずです。
 また、色々な部署の社員を海外出張や海外研修に行かせて下さり、ラスベガスをはじめとする世界各国の都市で一流のホテルに泊まり、有名なレストランで社長主催の晩さん会なども開催して下さいました。

 先輩のそういう姿を見て、いつかは自分もという思いで頑張っていた社員も多かったと思います。

 お金はすぐになくなりますが、経験と思い出はいつまでも財産として残ります。
 そういう意味でも、20歳から21年間、社会人としても一人の人間としても育てていただいた真鍋社長とシグマには今も大変感謝致しております。

 決して贅沢をしたいわけではありませんが、私も出張などでは限られた予算の中で、その土地でできるだけ良いホテルに泊まり、良いレストランで食事をするよう心がけています。
 誰でも 嫌な思い出があった場所にまた行きたいとは思わないもの。
 良い出張だったな、仕事を頑張ってまた絶対来たいと思うことが明日からの仕事のモチベーションにつながるからです。
 会社を創業してから、そんな気持ちで頑張ってきました。

 でも、まだまだです。
 一生かかっても真鍋社長の足元にも及ばないとは思いますが、これからもっともっと、誰にも負けない努力で頑張らなくてはと、決意を新たにした次第です。

30年経ちました!

 今日でゲーム業界歴30年になりました。
 ちょうど30年前の昭和58年3月21日、新卒社員として青山のホールで入社式に臨んだことが、まるで昨日のことのように思い出されます。
 入社して2週間は座学で、ゲームの理論、人間学、そしてシグマと業界の歴史を学びました。その後、総務部庶務課に、3カ月後に経理部経理課に正式配属になりました。
 40数名の同期社員たちは今どうしているのでしょうか?

 当時はこんなに長く仕事を続けるとは夢にも思っていませんでした。
 多くの先輩がそうだったように、数年勤めて、結婚退職して専業主婦になるのだと思っていました。人生とは思いがけないものです。
 でも、こんなに長く仕事を続けて来られたのは、きっとこの業界と、与えられた仕事が楽しかったのだからだと思います。
 社会全体では、バブル、風営法、男女雇用機会均等法、消費税導入、消費税増税、失われた10年があって、リーマンショックも経験しました。
 会社にあっては、入社当時「OPERATION A GO GO!売上100億円を目指そう!」というポスターが社内のあちこちに貼ってあって、夢みたいな話だと思っていましたが、いつの間にか300億円企業になっていました。ラスベガスにカジノホテルをオープンし、閉鎖し、店頭上場し、買収され、合併して社名が代わりました。転職した会社では、M&Aで上場会社の連結子会社になり、合併し、事業部門が解散し、その仕事を私が引き受けることになり、独立してフロックを設立しました。

 夢を見て、貴重な経験をたくさん積ませていただいた30年でした。これまでご指導いただき、支えて下さり、応援していただいた皆様に心から感謝致しております。ありがとうございました。
 30年も経つのにまだまだ中身の伴わない未熟者ですが、皆様、これからもご指導、ご鞭撻のほど何卒宜しくお願い申し上げます。

 入社した時に、永年勤続で表彰される方々を「いつかは自分も」と思って、羨ましく見ていました。
 もう表彰して下さる方がいないので、今日は自分で自分を褒めて、密かにカンパイしたいと思います。

株式会社フロック
プロフィール

株式会社フロック高倉章子

株式会社フロック高倉章子
新卒でゲーム業界に飛び込み早や38年目、日本のゲームセンターの歴史とともに歩んできた仕事人生でした。世界中のゲーマーとゲームに携わるお仕事をされている方たちが、笑顔になれるお手伝いをさせていただきたいです♪

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