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AMジャーナル9月号にシグマと真鍋社長の特集記事が掲載されました!


 今日発売のアミューズメントジャーナル9月号に、シグマと真鍋社長の特集が20ページにわたって掲載されました。
 当時のことを語れる人がいないとのことで、僭越ながら、元広報として、OB OGを代表して取材を受けさせていただきました。
 色々あって古い社史資料が散逸し、まとまった資料がない中、色々な方にご協力をお願いし、何とか記事にしていただくことができてほっとしました。
 取材を受けている途中では、真鍋社長の在りし日のお元気なお姿を思い出して涙が出たり、懐かしさに胸が震えることも度々でした。
 会社の業績が面白いように伸びて、ラスベガスにカジノホテルをオープンし、毎月のように新店のゲームセンターができて、社員みんなの夢だった株式公開を果たすことができたあの時代、広報という花形の場で思い切り仕事させていただいたことは、今も私の誇りです。

 社名がなくなって18年も経ってからも、日本のアミューズメント史に足跡を遺した会社として、こうして取り上げていただき、ありがたいことです。
 アミューズメントジャーナル編集部の皆様に、心から感謝致します。

アミューズメントジャーナル9月号のお申し込みはこちらから!
http://www.am-j.co.jp/

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別冊宝島『カジノと日本経済』が発刊されました!

 
 前回のブログでお伝えした通り、去る2月14日、宝島社より別冊本として『カジノと日本経済』が発刊されました。 
 本書は昨年末衆議院にてIR法案が可決されたことを受け、日本国内における各自治体や企業のカジノへの取り組みをレポートしたものであり、現在の各所の状況が非常に分かりやすくまとめられています

 この本の中で、「カジノの歴史-カジノ経営に挑んだ日本人」としてシグマの故真鍋社長に関する取材をお受けし、4ページに亘って掲載されました。
 真鍋社長のご偉業をこのような形でご紹介いただいたことはシグマOGとして何よりの誇りですし、私もシグマの広報時代から十数年ぶりに社長のお話をさせていただき、大変幸せな機会をいただいたことに感謝しております。
 最後にホンの数行ですが、私のコメントと顔写真も掲載していただいております。

 カジノ産業にご興味ある方には、一読の価値ありと思いますので、是非お近くの書店もしくはAmazonで!

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フロックは今日で8歳になりました!


 今日はフロックの8回目のお誕生日です。
 8年前の2009年1月30日に、正式に会社としてスタートしました。
 この日を選んだ理由は、尊敬する株式会社シグマの真鍋社長のお誕生日が1月31日で、本当は31日にしたかったのですが、この年は31日が土曜日で登記の手続きができなかったため、前日にしたのでした。
 色々あった8年間でしたが、振り返ってみれば感謝の気持ちしかありません。
 今日まで助けていただいたお客様、社員はじめ、関係の皆様に心から感謝申し上げます。

 さて、2月14日に宝島社から『カジノと日本経済』という本が出版されます。
 ご縁があって取材をお受けし、シグマの真鍋社長のことを取り上げていただくことになりました。
 当初は、「今から30年前に、ラスベガスでカジノ経営にチャレンジした日本人経営者がいた」といった主旨のご取材でしたが、カジノへのチャレンジのみならず、メダルゲーム誕生の歴史など、全体的に真鍋社長へ大変な敬意を持ってご紹介いただいたと思います。
 私も久しぶりに社長のお話をさせていただき、幸甚でした。
 もうAmazonで予約ができるようですので、是非ご予約購入の上、読んでみて下さい。

 https://www.amazon.co.jp/カジノと日本経済-別冊宝島/dp/4800268176

出雲の神様にご挨拶して参りました


 先週、用事があって山陰地方を回ってきました。
 せっかくなので、途中途中に要所を訪れてきました。
 中でも一番うれしかったのは、出雲大社を再訪できたことでした。
 
 前に伺ったのは、ナムコさんのプラボ宍道店のオープンにマーク6を納品した、20年ぐらい前のことでしょうか。
 お昼過ぎに出雲空港に到着して、出雲大社を訪れて、深夜から設置スタート。
 早朝5時頃に終わったのですが、電源を入れたら立ち上がらなくて、結局同行のサービスマンを一人残して、部品の手配をして帰りました。
 それまでほとんどの設置がうまくいっていたので、がっかりして、朝焼けの宍道湖を見ながらトボトボ帰ったことを思い出します。
 確かその時は宍道湖のシジミに病気が発生したとかで、シジミは食べられなかったと思います。

 前は神様のことも仏様のこともよく分からなくて、ただ参拝しただけでしたが、今回はしばらく境内に滞って、神様によくお礼とお願いをして参りました。
 ご朱印もばっちり2か所いただいてきました。

 懐かしい道を歩きながら、この20年を振り返りました。
 出雲の神様、これまでたくさんの方との素晴らしいご縁をありがとうございました。

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葉っぱちゃんのご冥福をお祈りします。

 今日は今までで一番悲しいクリスマスイブだったかも知れません。
 シグマ時代の後輩のお通夜に参列して来たのです。
 彼女が20歳で入社した日から、一緒に仕事して、遊んで、同じ時間を過ごして来ました。
 社内恋愛中の彼(現ご主人)が米国に転勤し遠距離恋愛をしていた時には、寂しがって泣いていた姿をどれほど見たことでしょう。
 晴れてラスベガスで結婚式を挙げて、可愛いお嬢さんに恵まれて、幸せな生活を送っているものだとばかり思っていました。
 ご本人もまだ若いですし、愛するご主人と高校生のお嬢さんを遺して逝くことは、どれほど心残りだったでしょう。
 明日が来ることは奇跡だと、改めて思い知らされることとなりました。
 葉っぱちゃん、その小さな身体でこれまでよく頑張りましたね。
 どうか安らかにお眠り下さい。
 とりあえず先に向こうで待ってて、そして、いつかまた天国のシグマで一緒に働きましょう(ノ_<)

懐かしい子に出会いました!

 つい先日、とある会合で鴨川スパ/ホテル三日月さんに行って来ました。
 そこでとても懐かしい子に出会いました。
 この子の正式名称は『NEW PENNY FALLS Ⅱ CANDY TYPE』と言います。
 お売りしたのはもう20年以上前だと思います。
 この筐体に使われている木材は、日本システムの村上社長が大森電機さんに勤められている時に販売されたものだと、最近お聞きしたばかりのところでした。
 シグマでは『THE DERBY MARK Ⅲ』と並ぶ大ヒットマシンでした。
 まだ現役で頑張っていてくれたんだねー、ありがとう(/ _ ; )
 鴨川スパ/ホテル三日月のゲームコーナーご担当者様、どうか末永く可愛がって下さいませ。そして、将来万が一処分されるようなことがある時は、必ずお迎えに行きますので是非ご一報下さいますよう、宜しくお願い申し上げます。

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GFミラノ最終営業日に、シグマOB・OG会を開催します!

 2014年12月23日火曜日23時45分、GFミラノ店が閉店します。
 昭和46年12月のオープン以来、日本初の本格メダルゲーム場の1号店として、長きにわたり歴史を刻んできたミラノ店の終わりを見届ける会を、シグマOB・OGにより開催したいと思います。
 みんなで食事して、閉店までの時間を、懐かしい仲間と共に過ごしましょう。
 日時: 2014年12月23日火曜日18時30分〜
 会費: 5,000円程度
 場所: 新宿歌舞伎町 ※会場は決定次第参加者にお知らせします。
 途中参加もオッケーです!
 参加お申し込みの方は、高倉までご連絡下さい(株式会社フロック 03-5155-4565 info@fluke.jp)。

シグマOB・OG会を開催しました!

 9月26日金曜日にシグマOB・OG会を開催しました。
 とは言ってもそれほど公式なものではなく、販売を中心に言い出した会で、集まれる人はどうぞ、という感じで、FacebookのシグマOB・OGページで呼び掛けただけでしたが、口コミで輪が広がり、店舗、本社、成城、国立、甲府の各事業所のメンバー合わせて当日は20人超の大宴会になりました。
 中には20年ぶりぐらいに会う人もいて、懐かしさに涙が出ました。
 時間が一気に戻ったようで、やはり同じ釜の飯を食べ一緒に育った仲間というのは家族と同じなんだと実感しました。

 思い出を語り合う中で、みんなの口から出て来たのは、やはりシグマと真鍋社長に対する感謝の言葉ばかりでした。
 社長は「4つの分野で世界一になろう!」ということを社員に繰り返し語って下さいました。
 毎日毎週毎月毎年聞かされているうちに、社員もすっかりその気になり、「うちの会社はいつか世界一になる!」と、社員同士の間でも語られるようになりました。
 私の尊敬する朝倉千恵子さんがご紹介された言葉に「教育バカがいる会社は絶対につぶれない」というものがありますが、一人一人の社員に一生懸命向き合い、シグマイズムを植え付けて下さった教育担当の大久保さんの功績も大きかったと思います。
 社員は皆やる気にあふれ、会社はみるみる大きくなり、上場も果たすことができました。
 社員がなぜやる気になるのか、それは会社の成長を通じて自分も成長し、社長の夢の先に自分も夢を見たいからだと思います。
 15年に亘り広報という立場で社長の言葉を直にお聞きし、社員や対外的に伝える立場にあった私は本当に果報者だったと思います。
 
 社名は変わりましたが、今も会社に残ってシグマの歴史を重ねてくれている皆さんに外からエールを送りつつ、時には思い出に浸りながらシグマの名の下に集まれればと思います。
 次回はもっとちゃんと企画して、OB・OGの皆さんにきちんとご案内したいと思います。
 お集まりいただいた皆様、ありがとうございました!

月末の過ごし方

 今月も無事に月末を迎えることができました。 皆様、今月も大変お世話になりましてありがとうございました。

 ところで、今日会社で3時のお茶をいただきながら、月末ってこんなに余裕だったかしら?と思い返してみました。
 ずっとずっと昔ですが、シグマで営業をしていた時、私の担当先はセガさん、ナムコさん、ジャレコさんでした。
 ナムコさんは相殺で集金なし、セガさんは大鳥居の本社に13時以降、ジャレコさんは用賀の本社に15時以降集金に行くことになっていました。
 セガさんもジャレコさんもその時間に行くと既に集金の営業マンたちで行列ができていて、後ろに並んで経理の方から領収書と引き換えに小切手と手形をいただき、会社に帰って財務に小切手と手形を渡して業務終了です。
 その後に集金から戻ってくる営業マンみんなで、恵比寿の本社で毎月打ち上げをしたことも懐かしい思い出です。

 今はほとんどの会社様がお振り込みで、集金をすることも無くなりました。
 何千万円分もの小切手や手形を持って歩くことは確かに怖かったですが、自分が売った売掛金を回収まで責任を持つ意識は身についたと思います。
 銀行送金は確かに便利ですが、現金に触らない商売は、やはり当事者意識も希薄になるような気がしてなりません。

 そういえば、入社したころは、給与は振り込みでしたが、賞与の半額は全社員が社長から直接現金でいただくことになっていました。
 社長の温かい大きな手で握手していただき、「ありがとう」とおっしゃっていただいてうれしかったことを思い出しました。



『一流の人間は一流の経験で磨かれ作られる』

 先日お会いした方からお聞きした話です。
 もう何十年も前のこと、JAMMAの部会でシグマの真鍋社長と一緒にお仕事され、あるとき、真鍋社長がメンバーの皆さんをお食事にご招待されたそうです。
 そのお店が、普通のサラリーマンが到底行けるようなお店ではなく、真鍋社長のゲーム場運営やメダルにかける熱い思いを間近で聞かされたとともに、大変貴重な経験をされて、とても感激されたとのことでした。

 真鍋社長は「一流の人間は一流の経験で磨かれ作られる」というお考えで、「ゲーム場で働くスタッフが一流のサービスを受けた経験がなければ一流のサービスをお客様に提供できるはずがない」と、私たち社員に様々な経験をさせて下さいました。
 誕生日の食事会、一流ホテルや一流レストランでの創業記念日、永年勤続表彰のパーティーなどは、どの社員も一度は経験があったはずです。
 また、色々な部署の社員を海外出張や海外研修に行かせて下さり、ラスベガスをはじめとする世界各国の都市で一流のホテルに泊まり、有名なレストランで社長主催の晩さん会なども開催して下さいました。

 先輩のそういう姿を見て、いつかは自分もという思いで頑張っていた社員も多かったと思います。

 お金はすぐになくなりますが、経験と思い出はいつまでも財産として残ります。
 そういう意味でも、20歳から21年間、社会人としても一人の人間としても育てていただいた真鍋社長とシグマには今も大変感謝致しております。

 決して贅沢をしたいわけではありませんが、私も出張などでは限られた予算の中で、その土地でできるだけ良いホテルに泊まり、良いレストランで食事をするよう心がけています。
 誰でも 嫌な思い出があった場所にまた行きたいとは思わないもの。
 良い出張だったな、仕事を頑張ってまた絶対来たいと思うことが明日からの仕事のモチベーションにつながるからです。
 会社を創業してから、そんな気持ちで頑張ってきました。

 でも、まだまだです。
 一生かかっても真鍋社長の足元にも及ばないとは思いますが、これからもっともっと、誰にも負けない努力で頑張らなくてはと、決意を新たにした次第です。

30年経ちました!

 今日でゲーム業界歴30年になりました。
 ちょうど30年前の昭和58年3月21日、新卒社員として青山のホールで入社式に臨んだことが、まるで昨日のことのように思い出されます。
 入社して2週間は座学で、ゲームの理論、人間学、そしてシグマと業界の歴史を学びました。その後、総務部庶務課に、3カ月後に経理部経理課に正式配属になりました。
 40数名の同期社員たちは今どうしているのでしょうか?

 当時はこんなに長く仕事を続けるとは夢にも思っていませんでした。
 多くの先輩がそうだったように、数年勤めて、結婚退職して専業主婦になるのだと思っていました。人生とは思いがけないものです。
 でも、こんなに長く仕事を続けて来られたのは、きっとこの業界と、与えられた仕事が楽しかったのだからだと思います。
 社会全体では、バブル、風営法、男女雇用機会均等法、消費税導入、消費税増税、失われた10年があって、リーマンショックも経験しました。
 会社にあっては、入社当時「OPERATION A GO GO!売上100億円を目指そう!」というポスターが社内のあちこちに貼ってあって、夢みたいな話だと思っていましたが、いつの間にか300億円企業になっていました。ラスベガスにカジノホテルをオープンし、閉鎖し、店頭上場し、買収され、合併して社名が代わりました。転職した会社では、M&Aで上場会社の連結子会社になり、合併し、事業部門が解散し、その仕事を私が引き受けることになり、独立してフロックを設立しました。

 夢を見て、貴重な経験をたくさん積ませていただいた30年でした。これまでご指導いただき、支えて下さり、応援していただいた皆様に心から感謝致しております。ありがとうございました。
 30年も経つのにまだまだ中身の伴わない未熟者ですが、皆様、これからもご指導、ご鞭撻のほど何卒宜しくお願い申し上げます。

 入社した時に、永年勤続で表彰される方々を「いつかは自分も」と思って、羨ましく見ていました。
 もう表彰して下さる方がいないので、今日は自分で自分を褒めて、密かにカンパイしたいと思います。

株式会社フロック
プロフィール

株式会社フロック高倉章子

株式会社フロック高倉章子
新卒でゲーム業界に飛び込み早や35年超、日本のゲームセンターの歴史とともに歩んできた仕事人生でした。世界中のゲーマーとゲームに携わるお仕事をされている方たちが、笑顔になれるお手伝いをさせていただきたいです♪

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