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日本SC遊園協会の例会ならびにお別れ会に参加して

 3月15~16日、日本SC遊園協会の例会ならびに解散お別れ会に参加させていただきました。

 日本SC遊園協会は、発足より27年の歴史があり、主にショッピングセンター内のゲームセンターオペレーターの団体という、業界の中では特殊な位置づけでしたが、長年の内田会長の強いリーダーシップのもと、また、会員皆様のご努力とお知恵で、この分野のオペレーションは業界の他業態と比べれば、外部環境の影響は比較的軽微で、手堅い成長を遂げてこられたのではないでしょうか。
 当社は昨年よりの入会で、これまでの活動に関しては浅薄な知識ですが、昭和60年の改正新風営法施行以降の業界の健全な発展に長く寄与されたという意味では、非常に功績の大きい団体であったのではないかと拝察致します。
 4月1日よりは新生JAMMAに合併統合されることになりますが、メーカーとオペレーターの、より深い意思疎通の架け橋になって下さることを心から期待致しております。

 今回の例会につきましては、内田会長の「業界団体として東日本大震災の被災地に何らかの形で貢献したい」という強いご意志により、被害の甚大だった地域を回り、実際に被災者の方のお話しを伺い、被害の実情をこの目で確かめることで我々に何ができるか改めて考えることと、とにかく現地で消費することを目的に、二日間かけて仙台~南三陸町~気仙沼市~陸前高田市~一ノ関市と回って参りました。

 昨年の大震災以降、報道で現地の様子は繰り返し見てきましたが、初めて被災地を訪れ「百聞は一見に如かず」とはまさにその通りで、その被害の深刻さは未だ目を覆うような惨状そのままでした。
 初日に訪れた南三陸町は、住民約17,000名のうち、死者行方不明者が1,000名を超えており、津波は沿岸から6キロ奥まで上ったそうです(実際目の前の海はどこまでも青く、この海が多くの方の命を奪ったとは思えない穏やかさでした)。
 沿岸部には職員の女性が最後まで住民に避難を呼び掛けながら亡くなったことで有名な南三陸町防災対策庁舎(犠牲者32名)や、骨組と壁だけが残され建物の中ががらんどうになった町営病院(犠牲者70名)などがそのままの姿で残っており、ガレキもただ野積みしてあるだけでした。
 実際にお話しを伺った震災語り部の会の方のご自宅は沿岸から2.5キロ離れており、ご自分の家が積み木が崩れるように壊れ流されるのをただ茫然と見守るしかなかったとおっしゃっておられました(南三陸大火で焼け出され、チリ沖地震で家を流され、今回で3回目の被災だったとのことです)。

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 翌日訪れた、7万本の松林の中でただ一本だけ流されなかった「奇跡の一本松」で有名な陸前高田市では、ここに町があったとはまったく思えないほどの見渡す限り荒涼とした広野があるだけでした。コンクリートの土台と和式の便器が点々とあることで、かろうじてここに生活があったことが窺えるのみです。

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 昼食に訪れた気仙沼漁港では、一見多くのビルがそのまま残っているようですが、どのビルにも窓はなく、中はガレキと泥が詰まっていました。木造の家は1階部分が流され、2階がそのままぐしゃっと地面に落ちていました。気仙沼はそれでも大島が天然の防波堤になって津波の高さが半分以下に軽減されたそうで、もし大島がなかったら被害は3倍以上だったのではなかったかということでした。

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 どこを訪れてもガレキも何もそのまま、復興は緒にも就いていないと言った様子で、なぜ早くガレキを片付けて、個人レベルでも生活の基盤を再建しようとしないのかお聞きしたところ、町全体が数メートル単位で地盤沈下しており、また、津波の被害があった地域を今後どのようにするのかなどの方針がまだ定まっていないからということでした。
 実際、いち早く工場を再建し、操業開始した会社が、その後に眼前の道路が行政の決定で2m嵩上げされることになり、建物自体が道路から直接出入りできなくなったなどの話もあり、住民の方達もいつどう動いていいのか、様子見をされているところもあるようです。

 あれだけの大災害ですから簡単に復興できるとは思いませんが、一年が経過しながら、まだ復興の青写真もできていないとは……!!
 町と住民の方々が元の生活を取り戻すのには、一体どのぐらいの時間がかかるのでしょうか。
 多くの方が仕事もなく行き場もなく、地元で唯一朝から駐車場が満車になるという沿道に多数ある7号店を見ながら、どの業種の方も通常の経済活動の中で再建が図れることが本望でしょうし、また一日も早くそういう日を迎えていただきたいと心から願いました。
 私や私の会社に何ができるかなどとおこがましいことは考えられませんが、今回は、国家の責任というものを改めて深く考えながら見て歩いた視察となりました。

 こういった機会を与えていただいた日本SC遊園協会の皆様には心より感謝申し上げます。
 また内田会長におかれましては、27年間もの長きに亘り本当にお疲れ様でございました。ありがとうございました。
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プロフィール

株式会社フロック高倉章子

株式会社フロック高倉章子
新卒でゲーム業界に飛び込み早や35年超、日本のゲームセンターの歴史とともに歩んできた仕事人生でした。世界中のゲーマーとゲームに携わるお仕事をされている方たちが、笑顔になれるお手伝いをさせていただきたいです♪

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