9.11この日に、世界中のすべての人が心穏やかに平和に暮らせることを祈ります

 今日でNYの同時多発テロから13年、現実感が感じられず、深夜にテレビであの光景を映画を観ているようにぼんやり眺めていたことを、今も昨日のように思い出されます。
 数年前には実際にニューヨークのグラウンドゼロへ行って、鎮魂の祈りを捧げてきました。
 あの日は誰もが戦争の当事者になることの恐怖を改めて感じたはずです。

 今年の夏休み、子供の学校の夏休みの宿題に「戦争に関するドキュメンタリーを観てレポートを書く」というものがあり、録画して一緒に観ました。
 『狂気の戦場 ペリリュー~"忘れられた島"の記録~』
 http://www.nhk.or.jp/special/detail/2014/0813/
 それは、パラオ諸島に浮かぶ小島ペリリュー島で、日米が繰り広げた死闘の記録でした。

 ペリリュー島は、太平洋戦争の中でも特異な戦場で、日本軍はアッツ島以降続けてきた組織的な“玉砕”を初めて禁じ、持久戦を命令。
 米軍が当初「3日以内に終わる」と予想した戦闘は2カ月半に及びました。
 投入された日本兵は1万名余で、うち、生き残ったのはわずか34名、対するアメリカも、米海兵隊の最精鋭部隊と言われる第1海兵師団第1連隊を投入したものの、その死傷率は史上最も高い約60%というものでした。

 生き残った90歳を超える元日本兵の方が「逃げ場のない瓶の中にサソリとサソリを入れて殺し合いをさせたようなもの、まさに地獄だった」と振り返っています。
 同じく90歳を超えるアメリカ兵が、「洞窟の中をひょいと覗いたら、日本兵と目が合い、一斉掃射して全滅させ、数えてみたら全部で17人いた。一人の洋服を調べたら、胸ポケットに家族の写真が入っていた。その時初めて自分のしたことが現実として襲ってきた。あの日のことは70年経った今も目に焼き付いて離れない」と言っていました。
 このドキュメンタリーの元になっているのは、アメリカで発見された113本の記録フィルムで、カラーフィルムでアメリカ兵が実際に射撃される場面や、初めて戦場に投入された火炎砲戦車で100m先から日本兵が焼射される場面などもありました。

 1時間、涙なしでは観られない内容で、子供も泣いていました。
 このような歴史があることを認識しながら戦争を始めようとする者は馬鹿者です。
 人間には話し合いで解決できる知恵があるはずです。
 そして人間にとって一番大切なことは子供時代の教育と生活の安定だと思います。
 地球上のすべての子供が必要な教育を受けられ、毎日心穏やかに暮らせることを心から願っています。



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株式会社フロック高倉章子

株式会社フロック高倉章子
新卒でゲーム業界に飛び込み早や35年目、日本のゲームセンターの歴史とともに歩んできた仕事人生でした。世界中のゲームに携わるお仕事をされている方たちが、笑顔になれるお手伝いをさせていただきたいです♪

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