『カルミン』の思い出

 先日、明治製菓の『カルミン』がなくなる、というニュースを見て「えぇー!」っと驚いて、思わず通販で箱買いしてしまいました。

カルミン大人買い

明治「カルミン」100年近い歴史に幕…3月末で生産・販売終了

 明治のロングセラー清涼菓子「カルミン」が今年3月末で生産、販売を終了する。1921年(大10)の発売以来、100年近い歴史に幕を下ろす。
 カルシウム入りの白色のミント錠菓(タブレット状菓子)。商品名は「カルシウム」「ミント」に由来する。現在は24グラム(15粒入り)、60円(税別)。かつてイチゴ味を出したこともあったが、生産、販売の終了について、明治の広報部は「売れ行きが低下しているため」とした。
 明治(旧明治製菓)の創業は1916年(大5)。「ミルクチョコレート」の発売が26年(大15)で、カルミンの歴史はそれより古い。
                         [ スポニチニュース 2015年2月2日 16:01 ]
 


 小さい時からミント味のカルミンが大好きで、今でも見かけると必ず買います。私にとってはまさにソウルフード、そしてカルミンには、何とも言えない懐かしい思い出があるんです。

 私が高校を卒業して、東京の短大に入学するために上京したのは、昭和56年3月のことでした。
 系列校合同の入学式が武道館で行われるというので、めったにない機会だからとうちの両親も東京見物がてら参加する予定でしたが、私は4月から学校敷地内の門限8時の寮へ入寮が決まっていたので、少しでも早く東京に行って遊びたくて、1週間ぐらい早く、一人で東京に向かうことにしました。

 当時はまだ東北新幹線も秋田新幹線も通っておらず、東京に行くには、大館の人はほぼ奥羽本線の寝台特急「あけぼの」を使っていましたが、一年で一番混んでいる時期でチケットがとれなくて、時間のかかる急行の「つがる4号」で向かうことにしました。
 大館駅を出たのは確か21時半過ぎだったと思います。自由席でしたが座席はガラガラで、乗り込む人も少なく、どうせすぐまた東京で会えるのですが、母が泣き出したので、私ももの悲しさで少しウルッとしました。
 母に手を振り、電車が走りだした頃、18年間生まれ育った大館を離れる寂しさと、これから始まる東京での生活への期待で、何とも言えない気持ちになったことを憶えています。

 はっと気づくとボックスの向かい側に見覚えのある人が座っていました。
 その人は高校の同級生の彼氏でした。彼女とはそんなに親しくなく、彼氏も他校の生徒なので顔を見たことがある程度でしたが、これから一晩一緒に過ごすのですから、思い切って話しかけてみました。
 彼は東京での就職が決まっていて、やはり一人上京するところとのことでした。
 彼女の話で少し盛り上がったところで、私が「カルミン食べる?」と差し出したら、それまで私に気を使って多少いい言葉で話していた彼が、「にゃ、ちいせどぎ、カルミン買えば、じぇんこねーわしゃんどがら、わさもひとっつ、わさもひとっつって、手伸びできて、すぐねぐなってあだまさきたよなー」と言い出したので、思わず吹き出してしまいました。
(注:小さい時、カルミンを買って食べようとすると、お小遣いがなくてお菓子の買えない子供たちが集まってきて、「自分にも一つちょうだい、ちょうだい」と言って手を出してきて、すぐになくなってしまって、頭にきた!という意味です)
 
 

 彼は大館近郊のちょっと田舎の方の出身で、それからは、同じ秋田県人なのに私にも分からないような方言で話しはじめ、寂しさで泣きながら上京する予定が、上野まで大爆笑しながら11時間乗ることになりました。
 

 彼とはその日限り会うことはなかったですが、あの一夜はとても強烈で、35年近く経っても、いまだにカルミンを見ると頭に浮かんでくる懐かしい思い出です。
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プロフィール

株式会社フロック高倉章子

株式会社フロック高倉章子
新卒でゲーム業界に飛び込み早や35年目、日本のゲームセンターの歴史とともに歩んできた仕事人生でした。世界中のゲームに携わるお仕事をされている方たちが、笑顔になれるお手伝いをさせていただきたいです♪

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